仙台高等裁判所秋田支部 昭和32年(ネ)88号 判決 1959年8月27日
控訴人(被告) 秋田県地方労働委員会
補助参加人 鎌田秀隆 外四名
被控訴人(原告) 株式会社帝国興信所
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用中被控訴人と控訴人との間に生じた分は控訴人の負担とし、被控訴人と補助参加人等との間に生じた分は補助参加人等の負担とする。
事実
控訴代理人は原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、
控訴人補助参加人(以下単に参加人と称する)において、
第一本案前の抗弁として、
原審において被控訴人は本件救済命令が被控訴会社の外、同会社秋田支所長豊田好松をも使用者として発布されていることを非難し、同人は労働組合法上の使用者に該らない旨主張する。然し同法は労働者の団結権その他の団体行動権の保護助長を目的とするものであり同法上の使用者の意義も右の如き同法の趣旨に従つて解せらるべきは当然である。従つて同法に云う使用者とは労働組合活動において問題となる集団的労働関係において一方の当事者となる者を指すものと解すべきであり、その意味において労働基準法第一〇条の使用者よりもむしろ広い意義を持つものと云うべきである。それ故具体的場合において使用者が複数重畳的に存在することも亦当然考えられるところである。原判決が単に被控訴会社秋田支所が独立の法人格を有しないとの一事を以て控訴人の本案前の抗弁を排斥したのは違法である。
第二本案について、
一、本件懲戒処分は明白な不当労働行為である。
現在では公然たる不当労働行為を敢行する使用者は稀であり、殆どの場合表面尤もらしい理由を設け恰かも不当労働行為でないかの如く偽装する形で行われていることは公知の事実である。従つて不当労働行為の判定に当つては使用者と労働組合との間に本質的に存在する対抗関係に十分著目し、一般に使用者は対抗上組合の役員及び組合活動を活溌に推進する者に対して解雇その他の不利益処分をなす誘惑に馳られ易い立場にあることを考慮すべきである。それ故にかかる者に対して解雇その他不利益処分がなされたときは他に特定の理由が明白でない限り該不利益処分は組合に対する一の対抗手段として用いられたものと見るのが労使関係の現段階における実態に即した見方である。
二、原審が既調横流及び内職の事実を認定したのは事実誤認である。
(一) 既調横流について、
参加人等には既調横流の行為はない。右はかねてより参加人等の活溌な組合活動、否、組合の存在そのものを極度に謙悪していた被控訴人側が組合潰滅の意図を以て偶々当時訴外田淵正二と不和の間柄にあつた極めていかがわしい人物である訴外保坂信吉及び参加人等を快く思わず自己の生活上の便宜のため被控訴人側に接近していた訴外山口孝三とを利用し計画的に事実を捏造したものである。なお原判決が既調横流認定の一資料としている甲第四号証ノ一、及び二の相互間の一致を挙げているのは見当違いも甚しく且つ興信所員の営業の実態を全く理解しない誤解によるものである。即ち甲第四号証ノ二は訴外田淵正二が被控訴会社秋田支所在職中に作成したものであり(後に既調を写し取つたものと主張を訂正)同人はその記事の控を所持していてそれに基いて同号証ノ一を作成したものであるから両者が一致符合するのは極めて当然である。(なお甲第四号証ノ二の作成者が何人であるにせよそれが参加人等によつて横流された証左はない。更に右既調のみならずどの既調が何人により横流されたかについては証拠がないのであるから此の点からも既調横流を認定したのは事実誤認である。)因みに興信所員がその在職中取扱つた調査事項につきその原稿、控等を各自所持し他日自己の調査活動の資に供することのあるのは現在屡々見られるところである。また既調保管の実状も必しも厳格なものではなく各従業員の調査活動の機動性を増大させる見地等から適宜その利用の便宜を図られていることも極めて通常のことである。而して参加人等は何れも職務遂行に際して極めて誠実であり殊に参加人鎌田秀隆はその温厚誠実な人格については定評のあつた者であり被控訴人主張の如き横流は思もよらないところである。
(二) 内職について、
参加人等には被控訴人主張の如き非行をなした事実はない。原審が右事実認定の証拠としているのは前述の如き性格を持つ山口孝三の証言及び供述書のみに過ぎない。かかる偏頗な証拠の取捨も右の如き事実誤認を招来するに至つた一因と云うべきである。
(三) 本件懲戒処分の経緯について、
被控訴人が参加人等に対し本件懲戒処分を告知したのは昭和三〇年九月一四日である。原判決が右告知の日を同月一六日としているのは事実誤認である。従つて本件処分に当つては何等事前に協議はなされていない。原判決が被控訴会社において本件懲戒処分を決議してその旨豊田支所長に回訓したのが同月一二日であると認定しながら協議がその後日であることが明白な同月一四日以降一六日に行われていること自体について何等問題にしていないことは不可解且つ不当である。更にその協議なるものも左したる実のあるものでなかつたことは原判決自体も認めざるを得なかつたところであるのに偶々右交渉においても懲戒理由に対する反証提出等につき努力した形跡がないとか、交渉紛叫し物分れとなつたとしてもそれは独り使用者側の責任とするのは当らないと認定したのは不当である。交渉紛叫し物分れとなつた真因は協議に先立つて既に懲戒処分を決定しこれを一方的に参加人等に押しつけんとした被控訴人側の不当な態度にあることは極めて明らかに看取しうる。
(四) 本件懲戒処分は参加人等の組合活動を決定的動機としてなされたものであることは以下述べるような事実から明らかである。即ち
(1) 豊田支所長は着任以来極めて独善的、専断的な運営を続け特にその労務管理は非常識極まるものであつて「近江絹糸秋田版」と噂される程であつた。左にその主なるものを例示する。
(イ) 同所従業員に対して服務規定、就業規則、給与規定等は一切これを秘して知らせず、よらしむべし、知らしむべからずとのいわば封建的とも云える態度を固守してきた。
(ロ) 勤務時間は出鱈目で、出勤は午前八時、退所は午後七時から八時が普通であつた。なお退所時刻は事実上支所長の意思によつて定められる状態で同人が退所を指示するまでは自由に退所することは困難な実情であつた。
(ハ) 残業の場合内勤社員は手当として一時間僅か一〇円と云う少額であり、それすら支給されない場合があつた。
(ニ) 出張の場合は通例早朝五時の一番列車で出発し、同日二二時の終列車で帰来するよう強制されることが多く、従業員としては甚しい疲労を感じさせられる有様であつた。なお右出張の際特別手当として若干の金員が支給されていたがその算定基準は出鱈目で豊田支所長の恣意に委ねられていた。
(ホ) 低賃金労働強要の手段として従業員に左の如き犯罪行為を強要した。即ち豊田支所長は予め同人名義で秋田市周辺一定区間に至る鉄道パスを購入しておき、前述の出張の際に出張に当る全従業員にその都度パスの利用を強要し出張より帰来した者には夜如何におそくなつても支所に連絡し翌日出張する者の居宅にパスを届けるよう強制した。而して使用強制に応ぜず自ら旅費を支弁した者(かかる違法行為を潔しとしなかつた者田淵正二等、又たまたま顔見知りの車掌が乗車しておりパスを使用しなかつた者、豊田好松の年令と余り相違する年令の者)に対しては豊田は却て叱責しその自弁した旅費を支払おうとしなかつた。右不正行為を見かねた訴外田淵正二等はパス不正使用の件を提訴し昭和三〇年二月頃豊田好松も事実を認めて示談に終つた事実がある。
(ヘ) タイピスト勤務の参加人村野京子が勤続六年に及び、昇給して本俸八、〇〇〇円に達したころ(昭和二八年頃)支所長豊田好松はこれを大いに不満とし事ある毎に「秋田支所ではこんな高給者は使えない。今の秋田ではどこにもこんな高給者はいない」と申向け且毎月金一、〇〇〇円強を給料から減額し陰に陽に退職を強要したため同人は一旦(同年八月)退職せざるを得なくなつた。
(ト) 豊田好松は個人的好悪の情激しく同人の甥豊田竜平(同支所勤務)に対しては出勤、退所時刻が不規則であつても黙認しながら他の従業員には些細な遅刻等にも口喧しく叱責し事毎に解雇を以て威嚇し、興信所員の収入に重大な影響のある調査割当についても豊田竜平には有利なものを割当て他の者には不利なものを押付けるのが常態であつた。また特定の従業員には通勤手当を支給しながら同一条件の他の従業員には支給しないことも稀ではなかつた。
(チ) 生理休暇は無視され所定の日当、宿泊料、件数賞金、期間内賞金等については規定の存在すら従業員に知らせず勿論その支払等は全くしなかつた。右規定の存在及び不払の事実は昭和三〇年三月の組合結成後の団交の際始めて明らかとなり支所長もその非を認めざるを得なくなり従来の未支給分として一人当り金二、〇〇〇円宛支給することに応じた。
(リ) 支所長着任以来(昭和二四年四月)組合が結成した昭和二九年一〇月までの退職者は実に一二名の多きに上り、更に二名(山口孝三と佐藤孝子)が解雇されるところ組合結成によつて漸くこれを阻止したのであるが、これに対し組合結成後は本件解雇を除けば解雇者は皆無となつている。
以上の事実に加うるに秋田支所の従業員が平均して五、六名程度であつた事実と考え合せるときは如何に組合結成が従業員にとつて救となつたか又それだけに如何に支所長及び会社側にとつて組合の存在が憎悪すべきものであつたかを窺いうる。(因みに現在秋田支所の現従業員中組合に加入しているのは参加人等のみであつて他に数名の従業員がいるが何れも組合に加入していない。)
(2) 組合結成の経緯並びに参加人等の組合活動について、
(イ) 秋田支所における豊田好松によつて代表される被控訴会社側の封建的とも云うべき労務管理のために同支所の職場の空気は堪えがたいまでになり従業員等は劣悪な労働条件の下に過重な労働を余儀なくされて深刻な不満が累積していた矢先前述の如く昭和二九年九月末頃突然支所長は訴外山口孝三及び佐藤孝子に対して無能力を理由に解雇を言渡した。右解雇の真意は丁度その頃両名の試傭期間が過ぎたため本採用とすることになるのを避けるが為にあつた。
(ロ) 右言渡を受けた山口孝三は支所長に対し生活苦を訴えて解雇を徹回するよう嘆願する一方、参加人鎌田、関谷等に同様の事情を訴え今後とも長く同支所に勤務しうる保証を得られんことを熱望する旨訴えるに至つた。
(ハ) 右訴に接した右参加人等は深くこれに感ずると共に従来の長い苦難の途を顧みて心中大いに期するところであり遂に解雇反対、職場明朗化のために組合結成を決意し他の参加人及び山口孝三に協議して賛同を得、同年一〇月二四日組合を結成し同月二六日正式に届出を了したものである。
(ニ) 支所長は組合結成に大いに驚き且つ怒りの余り逆上し早速翌二七日組合委員長に選任された参加人鎌田秀隆を呼び前記山口、佐藤に対する解雇を改めて言渡し、これに抗議した鎌田に対し「組合を作るようなことをするお前とは一緒に仕事ができない」と解雇を以て威嚇する如き暴言を吐きその頃所外においてもしきりに組合を誹謗する等組合否認の挑戦的態度を露骨に示すに至つた。
(ホ) よつて参加人鎌田、関谷等は組合として右豊田好松の言動は不当労働行為としての救済申立をなすべく同月二九日控訴委員会に赴いたところ同委員会より豊田支所長の方からも当方に相談に来ているから申立を二、三日待つて貰いたいと云われ申立を留保した。
(ヘ) その後同月三一日組合員全員と豊田支所長との間に第一回団体交渉が開かれ、その結果同人は前記両名の解雇を徹回し且つ今後は支所長、組合、当事者の三者の意見が一致した場合に限り解雇する旨誓約した。然しその後も豊田は組合の存在を極度に憎悪し事毎に組合敵視の言動を操返した。
(ト) 同年一一月二四日参加人等は特に鎌田、関谷の主導により長年の課題であつた職場明朗化要求のため団体交渉を要求し、その際越冬資金の支給、差別待遇の即時廃止、従業員の親書の秘密厳守、出張旅費、超勤手当、その他諸手当の適正支給、見習所員の指導の適正化等を要求したが豊田支所長は応ぜざるのみか「いよいよになれば秋田支所を潰してやる」等自暴自棄的、威嚇的な言動を吐いた。
(チ) 同年一二月九日以上の経過に鑑み組合は豊田支所長を労働組合法第七条第三号違反として控訴委員会に救済申立を行つた。同委員会の審問において経理の不明朗、労働条件の不備等を強く指摘されたため支所長もこれに屈し(イ)支所長は今後不当労働行為に類した一切の言動をしない(ロ)越冬資金は本所から支給される年末賞与と合算し固定給の一〇割とし同日二二日限り支払うことを誓約したので同月二〇日正式に申立を取下げた。
(リ) 昭和三〇年二月一五日鎌田、関谷の指導により職場明朗化のため組合として豊田支所長に対し労働協約の締結方を申入れたところ同人は回答を渋り、同月一九日の団交においてもこれに応ぜず二八日に至り突然参加人鎌田に対し懲戒解雇を言渡し予告手当と称して若干の金員の入つた封筒を示したので解雇理由を訊したところ本所の指令であつて致し方ない旨述べた。それで本所よりの解雇指令を見せて貰いたいと要求するや前言を飜し「支所長には人事権があるから本所の指令をまたずに解雇することもできる」と云つてこれに応ぜず更に鎌田において「自分を解雇しようとするのは先に組合から申入れた協約締結を拒否し又自分が支所長の不正行為を糺弾したからであろう」と追求するや豊田支所長は「君とは何も云うことはない。協約を締結しようとしまいと大きなお世話だ」と暴言を吐いた。
(ヌ) よつて組合は止むなく同年三月一日右解雇を不当労働行為として再び控訴委員会に救済申立を行つたところ支所長は同月七日右解雇は同人の誤解から生じたものであるからこれを徹回すると述べ、更に今後会社において従業員を解雇しようとする場合又は懲戒に付そうとする場合は組合と協議する旨約したので右申立を取下げた。
(ル) その直後参加人鎌田、関谷等は本所組合の執行委員広瀬満の来援を得て労働条件正常化のために団体交渉を申入れ(イ)出張実費支給方法の改善、(ロ)昭和二九年度不払賃金の支給、(ハ)特に低賃金なりし女子職員に対し一率二、〇〇〇円の加給を要求したところ、豊田支所長は(ロ)については不払賃金の存在を認め月賦で支払う、(イ)については或る程度支給する、(ハ)は拒否する旨解答し、更に事態収拾のため本所より監理部長が来秋し、組合とも交渉を重ねその際鎌田等より従来の豊田支所長の不当な労務管理、不正行為等を追求し、監理部長よりも豊田を叱責したため豊田も或る程度その非を認めて事態は一応落着した。
(ヲ) 此の頃より豊田は強圧一点張りの方針をかえ、組合の分裂をひそかに企図し、特に組合活動に消極的であり意思弱く経済的にも窮迫していた前記山口孝三に着目し同人をしばしば料亭に招いて饗応したり、同人の妻に美容院開業資金のあつせんをする等陰険な術策を弄して巧妙に同人を懐柔し、更に田淵正二の主宰する東京商業興信所(以下単に東商興と称する)秋田支所に勤務中業務上横領の容疑により同所を解雇され田淵に恨を抱いていた訴外保坂信吉の買収にも成功しかくて着々と参加人等による既調の横流と調査代行等という虚構の事実の捏造準備を進めてきたのである。
右に述べた如く山口孝三、保坂信吉の供述等は措信しえないのみでなくその供述内容は何等具体性がない抽象的なものであり此の点から云つても証拠価値は認めえないものである。
以上の如く被控訴人側は終始参加人等の上述の如き活溌な組合活動を激しく憎悪し執拗に組合破壊の機を狙つていたのであるが遂に前述の如き山口、保坂の買収に成功した結果一挙に今回の挙に出たものであつて疑の余地のない不当労働行為と云わなければならない、
と述べ、
被控訴代理人において、
第一本案前の抗弁について、
参加人は控訴委員会の本件命令は被控訴会社及び被控訴会社秋田支所長たる豊田好松に対してなされたものであるから、このような命令の取消は被控訴会社からのみ提起しうるものではないとの控訴人の答弁並びに主張を援用し、原判決が右秋田支所長は独立の法人格を有しないから訴訟当事者能力なく被控訴会社単独で提起した訴は適法であるとの判示を攻撃し労働組合法に云う使用者は複数重畳的に存在することは可能であると主張する。しかし秋田支所長は被控訴会社の一機関たるに過ぎず別個の法人でないことは争のないところである。控訴委員会の命令に秋田支所長が表示されたことと、これが取消を要求する本件訴訟の当事者適格の問題とは全く別個の問題であり秋田支所長が前記命令に表示されたからと云つてこれに訴訟当事者能力を与えうるものではない。殊に参加人の主張は使用者の観念中に秋田支所長も加えうると云うに過ぎず何故に当事者能力のない秋田支所長が訴の当事者とならなければならないかと云う点については納得すべき主張がなされていない。なお被控訴人をして云わしめると本件命令が参加人等の支所長豊田好松に対するいわれなき反感を不当労働行為と誤認したことが命令の当事者の表示に支所長を掲げる結果になつたものと云いたいのである。
第二本案について、
参加人等は組合役員その他組合活動の活溌な者について解雇その他不利益処分がなされたときは他に特定の理由が明白でない限り不利益処分は組合に対する一の対抗手段として用いられたものと認定すべきであるとし懲戒処分の理由については原判決に重大な事実の誤認ありと主張するが右主張は当らない。
(一) 既調横流について、
参加人等は原判決認定の如き既調横流を共謀して東商興秋田支所田淵正二に被控訴会社の既調を持込んだことを否認している。而して甲第四号証ノ一と二が相互に符合することは訴外田淵正二が被控訴会社秋田支所に在職中に同号証ノ二を作成しその記事の控を所持していて東商秋田支所長となつてから右控に基いて同号証ノ一を作成したものであるから符合することこそ当然であると主張する。しかし同号証ノ二の既調は昭和二七年七月豊田好松の作成したものであり右田淵の作成したものではない。(此の点に関する原審の認定は正当である。)しかるところ同号証ノ一が同号証ノ二に基いて作成されたことは前記のように参加人等において自認するところであるから、訴外田淵が被控訴会社の既調を利用したことは疑の余地がない。然らば被控訴会社の業務の性質上厳重な保管をなされている筈の既調が何故に競業者たる東商興秋田支所の手に入るに至つたか。と云う、この点に関する証人保坂信吉、山口孝三、村井芳彦及び豊田好松の各証言はその真相を明らかにしたものであり、被控訴会社が保坂、山口を利用して計画的に事件を捏造したものとの参加人の所論は事実を誣うるも甚しい。支所長に対する反感から前記甲第四号証ノ二の多田組に関するもの始め多数の被控訴会社の既調を東商興秋田支所に横流した参加人等の行為は明らかに被控訴会社就業規則第六五条第一〇乃至第一二号に該当する懲戒事由であり、信用等の調査を業務の内容とする被控訴会社としては看過すべからざる非行で、これに対し懲戒処分を加えたことは当然であり不当労働行為の成立の余地はない。
(二) 内職について、
参加人等は原判決が参加人鎌田秀隆及び関谷正蔵において昭和三〇年夏頃迄の間に東商興秋田支所のために調査報告をしたことを事実誤認なりと主張する。しかし被懲戒者等が豊田好松に対し反感不満を抱き、元被控訴会社秋田支所の調査員であり、昭和二九年暮頃東商興秋田支所長になつた訴外田淵正二に接近していた事実及び豊田と田淵が不仲であつたことは参加人等においても争わない事実であり此の事実を背景として考えるとき証人山口孝三の証言及び甲第三号証によつて鎌田、関谷が東商興秋田支所のため調査報告したことを十分認定しうる。
(三) 本件懲戒処分の経緯について、
参加人は被控訴会社が参加人等に本件懲戒処分を告知したのは昭和三〇年八月一四日であるのに原判決が告知の日を同月一六日と認定したのは事実誤認であり、本件処分については何等の協議がなされなかつた違法があると主張する。被控訴会社の主張は豊田好松の同年九月一〇日禀申書によつて懲戒理由たる事実を認め右禀申を容れて本件懲戒処分を決議し同月一二日頃これを右豊田好松に回訓し、同時に右処分を告知するに先立ち組合と交渉するよう指示したのであり、豊田は同月一四日から一六日までの間組合と交渉したが平行線的対立を見たので一六日参加人等に対し豊田から本件懲戒処分を通告したものである。被控訴会社としては同年三月七日右支所長が従業員に対する任免、懲戒等人事権がないのに組合に対し「爾後従業員を解雇する場合は事前に組合と協議する」する旨約した関係もあり特に慎重を期して組合と交渉するよう回訓したものである。前示豊田支所長の組合と協議する旨の誓約は被控訴会社を拘束するものでないことは勿論で参加人が右誓約にいわゆる協議をしなかつたことが懲戒手続として欠けるところがあり違法であるとの主張ならば被控訴会社としては右豊田の誓約に拘束されないのであるから仮に協議をしなかつたとしても違法ではないと云うべきである。仮に被控訴会社に協議義務ありとしても被控訴会社としては決定意思を発表したのは九月一六日であり、同月一二日には内心意思を決定したのみで組合と交渉を一四日から一六日まで続けたものであつて協議義務は果したものと云いうる。殊に右交渉において組合は徒らに反対するのみで懲戒理由に対する反証提出等につき努力した経緯を認めることはできないのであるから組合が反対のための反対を唱えて協議に応じなかつたものといいうる。
(四) 参加人等は本件懲戒処分が参加人等の組合活動を決定的動機とする旨主張するが右処分は参加人等に前述の如き就業規則違反の所為があつたためでその組合活動を問題にしたものではない。参加人等の組合活動と云うのは支所長豊田に対する個人的反感を誇張事実に基いて云為するに過ぎないもので被控訴会社としては組合活動を圧迫するが如き意思は全く存しない。
(五) 参加人等の被控訴会社支所長豊田好松の労務管理に対する非難について被控訴人は左の如く陳述する。
(イ) 参加人等の豊田支所長が所則、就業規則、給与規則等を秘匿して従業員に知らせなかつたとの主張は否認する。同支所では支所長と従業員とは一室に机を並べており諸規則は従業員の自由な閲覧に供せられている。訴外田淵正二が被控訴会社に支所長を攻撃する趣旨の上申書を昭和二九年六月頃提出しているのは右諸規則を閲覧していた証左である。
(ロ) 参加人等の勤務時間に関する主張は事実と反する。調査員には勤務の性質上労働基準法施行規則第二二条に基く就業規則第三一条に規定されている如く内勤者の勤務時間と異るところがあるのは当然である。内勤者については所定勤務時間は遵守され多忙の際は残業手当が支給されている。
(ハ) 残業手当が一時間一〇円と云う少額であつたとの主張及びそれすらも支払われないことがあつたとの主張は否認する。(右は当時の支給明細表によつて明らかである。)
(ニ) 出張が従業員の肉体的疲労の限度を越える方法で強制されたとの主張、出張の特別手当の算定基準が支所長の恣意に委ねられていたとの主張は否認する。
(ホ) 支所長が同人名義で秋田市周辺一定区間に至る鉄道パスを購入し、これを調査員に利用させた事実は認める。これは同市内の他の諸会社でも行つている例があるので経費節減の目的で善意で採用したものである。訴外田淵正二等が提訴し和解成立した事実も認める。このような支所長の善意に出た行為を同人攻撃の手段として提訴した事実は右田淵の支所長に対する反感を示して余りがある。
(ヘ) 参加人村野京子が本俸八、〇〇〇円を支給されるに及び支所長がこれを不満とし高給者は使えない旨申向け金一、〇〇〇円強を減額し退職を強要したことは否認する。右村野京子が昇給した際支所長は誤つて数ケ月間本社で定めた本俸よりも高額の俸給を支給していた事を発見したので数ケ月にわたり俸給より返済させたものである。なお同女は結婚のため退職を申立てたものである。
(ト) 差別待遇の主張、就中豊田竜平に対する偏頻な処遇等は否認する。
(チ) 生理休暇無視、所定の手当、賞金に関する規定を従業員に知らせなかつたとの主張は争う。被控訴会社で給与規定が明確に定められたのは昭和三〇年四月であり、それ以前は不明確な部分があつたことは否みえず、支所長が支給すべきものを支給しなかつたことはない。同年二月従業員一人宛二、〇〇〇円を支給したことは認める。
(リ) 支所長豊田好松が着任以来組合結成まで退職者が一二名もあつたとの主張も否認する。解雇者は見習調査員一、調査員一、計二名であり、自己都合退職者は調査員一、内勤三、計四名である。なお被控訴人が組合加入を阻止している事実はない。
要するに支所長の労務管理が出鱈目であつたとの例示的事実は何れも同支所長の処置に対する偏見に基くものである。「近江絹糸の秋田版」の如き噂は新聞紙が事実の調査に基かずに為にするものの記事によつて煽情的に使用した用語を取上げたものに過ぎない。
(六) 組合結成の経緯並びに参加人等の組合活動について次の如く陳述する。
(イ) 豊田支所長が昭和二九年九月末頃訴外山口孝三及び佐藤孝子に対し解雇を言渡した事実は否認する。同人等は試傭員であり、三ケ月の試傭期間の経過後支所長の禀議を経て始めて所員に採用される者であつたが両名とも所員たる適格性なく九月末日を以て禀議をしない旨告知した。右両名は生活苦を理由に試傭期間の延長を乞うたため支所長は一ケ月の延長を認めたところ、その間に組合が結成され両名とも加入したもので支所長は組合長に一〇月末日を以て試傭期間が切れ退職して貰うことになつている旨告げたところ組合はこれを解雇申渡なりとして昭和二九年一二月八日控訴委員会に対し救済申立をしたものである。
(ロ) 山口孝三が鎌田及び関谷に訴えたことは不知。
(ハ) 鎌田、関谷が心中期することがあつた点は不知。組合結成の事実は認める。
(ニ) 豊田支所長が組合結成について逆上したこと、山口、佐藤に対する解雇を言渡したこと、鎌田に解雇を以て威嚇する言動を吐いたことは否認する。
(ホ) 申立留保の事実は不知。
(ヘ) 昭和二九年一〇月三一日支所長と組合員との交渉において支所長は山口、佐藤の両名はなるべく所員に採用するよう努めようと言つたことは認めるがその余の参加人主張事実は否認する。
(ト) 同年一一月二四日団体交渉の要求がありこれに対し支所の立場を詳細説明したことは認めるがその余は否認する。親書の開披閲覧も事実に反する。尤も支所長が一回誤つて従業員宛の親書を開いたことあるも直に本人に手交している。
(チ) 控訴委員会に提訴の事実は認める。組合は同日同時に越冬資金外三項目についてあつ旋を申請し控訴委員会は審問に入ることなく同年一二月一九日和解が成立したものである。従て審問の際経理の不明朗、労働条件の不備等が指摘されたことはない。和解条項は認めるが参加人等の掲げた(イ)(ロ)の外に「組合は将来共真面目に所業に従事するものとす」ることが明示されていた、申立取下の事実は認める。
(リ) 昭和三〇年二月一五日組合が労働協約締結を申入れたことは認めるが支所長は早急には出来ない。慎重を期したいと回答したものである。鎌田秀隆に対し解雇を申渡したことを認める。但し参加人が記している支所長と鎌田との問答事実は全部否認する。
(ヌ) 組合が同年三月一日鎌田の解雇取消等を救済内容とする救済を控訴委員会に申出たことは認めるが支所長は本所の指示により解雇を取消し今後懲戒処分は組合と協議する旨を約したのである。
(ル) その後団体交渉のあつた事実、被控訴会社監理部長が組合と交渉した事実は認めるが同部長が支所長を不正行為の廉で叱責したとの事実は争う。同部長は支所長に労務管理につき慎重を期すべき旨注告したものである。
(ヲ) 支所長が山口孝三を懐柔し保坂信吉を買収して既調の横流、調査代行等の虚構事実を捏造したとの主張は否認する。
要するに支所長に対する個人的反感が組合運動の名の下に行われているのが事実である。
と述べた外は原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
(証拠省略)
理由
参加人鎌田秀隆、関谷正蔵、佐藤孝子、榎静子、村野京子、訴外山口孝三の六名が被控訴会社秋田支所の従業員として労働組合を結成し、鎌田秀隆が組合長、関谷正蔵が副組合長に就任したこと。山口孝三は昭和三〇年八月三〇日被控訴会社を辞職し組合員は残りの五名となつたこと、被控訴会社は昭和三〇年九月中旬(但し一六日か否かについては争がある。)右五名の組合員を就業規則違反の非行を理由に懲戒に処し、鎌田及び関谷を解雇、佐藤、榎、村野の三名を各月額賃金の一〇分の一を減給する処分を行つたこと、組合においては右処分を不当労働行為であるとして同月一九日控訴委員会へ救済の申立をなし同委員会は右事件を審査の結果同年一一月一日附を以て被控訴会社のなした懲戒処分は労働組合法第七条第一号に該る不当労働行為であると認め「使用者は鎌田秀隆及び関谷正蔵を原職に復帰せしめ、解雇の日から原職復帰までの間同人の受べかりし賃金相当額を支給すること。使用者は佐藤孝子、榎静子、村野京子に対する減俸処分を取消した上処分の日以後該処分がなければ同人等が受くべかりし賃金相当額を支給すること」の救済命令を発し同命令書の写が同月五日被控訴会社に交付されたことは当事者間に争がない。
第一 控訴人及び参加人の本案前の抗弁について、
独立の法人格を有しない者は原則として訴訟の当事者たりえない。而して被控訴会社の秋田支所長が独立の人格を有しないものであることは疑問の余地がない。控訴人は救済命令においては被控訴会社及び同会社秋田支所長である豊田好松に対してなされたものであるから被控訴会社単独では右救済命令取消の訴の提起をなしえないと主張する。けれども当事者能力は救済命令の当事者の表示により左右される問題ではない。次に参加人は秋田支所長も労働組合法にいわゆる使用者にあたると主張する。然し労働組合法における使用者の意義の解釈は兎も角として本件訴訟における当事者は当事者能力を有する者に限らるべきであるから仮に右支所長が控訴人又は参加人等主張の如く労働組合法上使用者の観念中に包含されるものとしてもこれがために当事者たる適格を有するには至らない。而して他に右支所長に当事者能力を認むべき根拠を見出しがたいので此の点に関する控訴人等の主張は排斥を免れない。(従て共同訴訟の問題は生じない。)
第二 次に控訴人は本件訴訟においては、当事者の事実上の主張及び証拠の提出は労働委員会の審査手続において提出された当事者双方の事実上の主張及び立証に限られると主張する。然し右主張は原判決理由中において説示せるとおり理由がないものであるから原判決の理由中該当部分をここに引用する。
第三 本案について、
控訴人及び参加人は本件懲戒処分はその懲戒がなされた経緯及び其の理由に照し不当労働行為と認めらるべきものであると主張し参加人はなお解雇その他の不利益処分は特定の理由なき限り使用者の組合に対する対抗手段として用いられたものと認定すべきであると主張する。これに対し使用者たる被控訴人においては参加人等には被控訴人主張の如き非行がありその非行が本件解雇その他の懲戒処分の理由であると主張する。おもうに使用者はその就業規則に定めた懲戒事由に該当する非行を労働者が行つた場合これを懲戒し得ることは疑問の余地がない。但しその懲戒処分を行う決定的意図又は動機が実際は組合員又は組合行為に対する差別的待遇にあるときは不当労働行為が成立する余地あるものと解する。よつて最初に被控訴人主張の非行の有無、次に右非行につき懲戒をなした決定的意思、動機について判断する。
(一) 既調横流について、
按ずるに成立に争のない第一乃至第三号証、甲第四号証ノ一、二、原審証人村井芳彦、原審及び当審における証人保坂信吉の証言、同証言により成立を認めうる甲第二号証、原審及び当審における証人山口孝三の証言、同証言により成立を認めうる甲第三号証、原審及び当審における証人豊田好松の証言、同証言により成立を認めうる甲第一四号証、成立に争のない甲第一五号証、甲第三〇号証ノ一乃至三、当審証人大石郡治、同根田収太郎の各証言等によれば参加人等は何れも明示又は黙示的に相互に意思連絡の上被控訴会社の調査報告書約百部を訴外田淵正二に引渡しいわゆる横流をした事実を認定しうる。即ち右証拠を綜合すれば被控訴会社秋田支所豊田好松は昭和三〇年三月七日東商興事務所に右田淵正二を訪ねたとき参加人関谷正蔵が同所に居合せており被控訴会社の所有に係る石川履物店の既調を前にして対談しているのを発見したのであるが、次で同年六月上旬頃訴外保坂信吉の来訪を受け同人より参加人等が被控訴会社の既調を右田淵正二に横流している旨注意され、その後数日して保坂の知らせにより右田淵及び保坂の勤務先である東商興秋田支所事務所において被控訴会社の秋田杉木材株式会社に対する既調を見せられたことなどから既調の横流が行われているのではないかとの疑惑を持ちその調査を進めていた矢先、東商興秋田支所が水害にあつた際右保坂においては水害書類の中に多くの被控訴会社の既調を発見した旨通知し来つたこと、一方訴外三伝商事株式会社について調査した結果、被控訴会社の既調と同一内容の東商興の調査報告書があることを発見し、次いで豊田好松において従業員を集合して既調横流の有無を尋ねたところ訴外山口孝三が同人及び参加人全員が既調横流を行つた事実を認めたことが認定できる。尤も控訴人は甲第四号証ノ一と二とが既往及び近況欄に記載ある事項と酷似するものがあつたからとて同号証ノ二と同一の控が参加人等によつて持出されたものと認めることはできない。のみならず訴外田淵正二は被控訴会社在職中に取扱つた調査の原稿を利用したことが認められる旨主張し同号証は既調横流の証左たりえないと主張するけれども、右甲号各証を仔細に検討するに右両調査報告書の経歴現状、近況等の記載事項に酷似せるところが多くそれが偶然の一致とは認めえないものがある。(なお両調査書とも下川沿村と書くべきところを下川沼村と誤記していることも両文書の作成に何等かの連絡あることの証左である。)尤も同号証ノ二が田淵の被控訴会社在職中に作成されたものであるとか或は田淵が在職中写し取つたものであることが認められるならば既調横流を推認することは不当であるが然し右の如き事実は到底これを肯認しがたい。即ち参加人は当審において最初同号証ノ二は田淵が在職中作成したものであると主張し当審証人田淵正二は多田組調査のため出張した記憶があると述べているけれども右供述は前記甲第一四、第一五号証、原審証人羽室光、当審証人大石郡治、同豊田好一等の各証言と対比して措信できないし、更に被控訴会社秋田支所に存する既調の数は膨大なものであるのでその中より特に此の会社の既調を田淵が予め後日に備えて写し取つたものとは認めがたい。而して右認定に反する当審証人田淵正二、鎌田秀隆、関谷正蔵、村野京子等の各証言は措信できない。尤も参加人は山口証人の証言によれば既調横流の方法はタイプを余分に打ちこれを流すと云うやり方であつたと云う事である。そうすると右甲第四号証ノ二は昭和二七年七月当時作成されたものであり当時は田淵正二が被控訴会社に勤務中であつたからこれを田淵に横流するため、既調を一部余分にタイプすることは考えられない。従て同号証ノ二は横流されないと主張する。然しながら既調横流の方法は事前に一部余分をタイプしこれを流す方法のみによつたものでないことは、保坂証人の証言等によるもこれを窺知しうる。(即ち訴外保坂信吉は田淵が参加人等に既調の持出を依頼するのを目撃していること、保坂自身控の融通を頼んだこと等よりもこれを窺知しうる。)右主張も亦採るをえない。果して然らば甲第四号証ノ二(又はその写)が被控訴会社の従業員の手によつて持出され田淵正二に手渡されたものと認めるのが当然の事理である。尤も被控訴人の全立証によるも右甲第四号証ノ二並びに他の既調についてもこれが何時何人によつて田淵正二に手渡されたか直接にこれを証明することはできない。しかし斯様な証明がなければ既調の横流を認定しえないと云うのは独自の見解に過ぎない。(此の主張がいわゆる直接証拠によつてのみ具体的事実を立証すべきであり間接的にいわゆる情況証拠によつて事実を認定するのは不当であると云う趣旨なれば独自の見解に過ぎない。また本件においては何人がどの既調を持出したかを証明すべきであるのにその点が証明されてないから既調の横流を認めるのは失当であると云う趣旨であればこれまた採るをえない。即ち参加人等が共謀して既調の持出を行つている事実並びに持出された既調が第三者の手中に存在する事実が立証される以上何人がどの既調を持出したかと云う点が立証されなくとも横流があつたことの証明として間然するところはないと考えるからである。)
よつて次に横流された既調の数量、横流の方法等につき按ずるに乙第二号証、原審証人村井芳彦の証言、原審及び当審における証人山口孝三、保坂信吉、豊田好松等の各証言を綜合すれば横流された既調は約一〇〇部内外と推定されその持出の方法は概ね既調を一部だけ余分に作成しておきこれを田淵正二に渡すのでありその作成持出には参加人全員が明示又は黙示的に意思連絡の上で行つていることが認められる。尤も訴外田淵正二が被控訴会社に勤務していた当時の分についてはその依頼により随時控又は写等を作成したものであること、而して此の場合においても参加人等間に意思の連絡あることは前記乙第二号証、証人保坂信吉、山口孝三、豊田好松の原審及び当審における証言等によつてこれを窺うに足りる。なおかような既調横流を依頼された者が調査原稿等を渡すに止まつた場合も考え得られるけれども既調そのものであろうと原稿であろうと競争者にかかる資料を提供することは被控訴会社に対する重大背信行為でありその間に軽重の差はない。更に既調の保管、持出利用に関する取締がルーズであつたからと云つて、その既調を他の競業者に横流することが正当であると云うことにはならない。
ところで参加人等は山口孝三、保坂信吉の供述は措信しえない旨主張する。しかし右両名に参加人主張の如き非行又は饗応、買収等のあつたことはその全立証によるもこれを認めえず更に右供述が措信しえないとの心証も惹起しがたい。右認定に反する乙第二、第三号証中の供述記載分部、丙第四乃至第六号証、当審及び原審における証人田淵正二、鎌田秀隆、関谷正蔵、原審証人高橋佐久子の証言等は何れも措信できない。却て前記両名の証言と符合する乙第二号証中の吉川正義、村井芳彦の供述記載、原審証人村井芳彦の証言、当審証人根田収太郎の証言等の存する事実により前記両名の証言の措信すべきことを窺いうるのである。次に参加人等は右山口、保坂の供述の内容は具体性のない抽象的なものであり証拠価値がないと主張するけれども具体性なるものは元来相対的なものであり右両名の供述を仔細に検討するに全然具体性のないものとの心証は惹起せず従て証拠価値がないものとも認めえない。却て本判決理由中第三、(一)既調横流の判断部分冒頭掲示の証拠によれば横流された既調の名称が一部具体的に明らかにされており既調持出依頼、持出すべき既調の作成方法、持出した者の氏名等も具体的に明らかになつておりこれによれば参加人全員が横流に関与していることが具体的に認められる。
(二) 内職について、
原審及び当審における証人山口孝三、豊田好松の証言、成立に争のない乙第二号証(山口孝三の供述記載部分)によれば参加人鎌田秀隆及び関谷正蔵等においては田淵正二の依頼を受け鎌田においては秋田県大館方面を関谷正蔵においては山形県酒田市方面を田淵の勤務先である東商興秋田支所のために調査報告をしたことが認定できる。控訴人及び参加人は右山口孝三の証言、供述書等は悉く措信しえない旨主張するけれども参加人等の全立証によるも右山口孝三の証言及び供述書が全然信用するに足りないものであるとの心証は惹起しがたいことは前に既調横流の説示の際に述べたとおりである。而して右認定に反する乙第二、第三号証中の供述記載部分、丙第六号証、原審証人高橋佐久子、当審及び原審における証人田淵正二、鎌田秀隆及び関谷正蔵の各証言は措信できない。
(三) 各参加人の個別的非行について、
尚被控訴人は参加人各自には原判決事実摘示(c)記載の如き個別的非行があり該非行も亦本件懲戒処分をなすに至つた一因である旨主張するが成立に争のない甲第一号証ノ一乃至五、原審証人羽室光の証言等によれば被控訴人においては本件懲戒処分決定当時右個別的非行を懲戒の直接又は決定的な理由又は動機としていなかつたことを推認しうる。されば本件懲戒処分が不当労働行為に当るか否かの判定に当つては右非行の有無につき一々判断をなす必要はないので右判断を省略する。
(四) 本件懲戒処分がなされた決定的動機について、
(イ) 以上説示の如く参加人等全員に既調横流の行為、参加人鎌田秀隆、同関谷正蔵に内職の事実があつたことが認定しうるところであり成立に争のない甲第五号証によれば右各所論は被控訴会社の就業規則に規定する懲戒事由(右規則第六五条第一〇号乃至第一二号)に該当する非行たることは明らかである。而して成立に争のない甲第一号証ノ一乃至三、同第一二号証ノ九原審証人羽室光の証言等によれば被控訴人が参加人等を懲戒処分に付した理由は右非行のためであることが確認できる。興信所がその人員、費用を以て調査した他人の信用状態の調査報告書はその内容が業務上の秘密事項に当り且つ興信業務遂行上最も必要且つ重要な物であることは勿論であつてこれを軽々に他の競業者に横流をなすが如き所為は恐らくは使用者たる会社に対する最も重大な背信行為の一つである。また勤務先の出張の際に競業者のために調査を代行すること而してその報酬を得ることも既調横流に劣らざる非行と認められる。元来雇傭関係は本質的に信頼関係に基礎を置くものでありそれが破壊された場合にはその終了を要求しうるのは当然の事である。本件の場合訴外田淵正二は元参加人等と共に被控訴会社に勤務し参加人等においては指導を受け且つ退社後も親交を続けてきた仲であるとは云へその事のみで本件横流等を行つたものでなく右田淵と参加人等とは豊田支所長との間にあつれきあり場合によつては参加人全員東商興に勤務替しようと云うような動きがあり(右事実は証人山口孝三、根田収太郎等の証言により明らかである)これ亦本件非行の動機の一つと目されるのであるから非行の動機も亦決して軽微とは認めえない。なお前記証人保坂信吉の証言及び同人の作成に係る口述書(甲第二号証)によれば横流の数量は一〇〇部内外に及ぶことが認められ更に山口孝三の証言及び同人の作成した覚書(甲第三号証)によれば参加人全員が横流に関与していることが認められるのであるから本件非行はその質及び量何れの面よりするも重大な非行と云うべきである。されば被控訴人が参加人等に対して採つた懲戒処分は何れも相当と認められる。
(ロ) これに対し控訴人及び参加人の主張は
(1) 被控訴人においては本件懲戒に先立ち二回にわたり不当労働行為を行つた事蹟があること。
(2) 被控訴会社支所長豊田好松には参加人主張の如き反組合的行動や非行があること。
これら二つの理由から本件懲戒処分はひつきよう不当労働行為と認むべきであると云うにある。
よつて按ずるに右豊田好松が控訴人主張の如く前に二回にわたり不当労働行為を行つた廉で救済申立をされそれが控訴人主張の経過を辿り解決したことは当事者間に争がない。然し右不当労働行為なるものは専ら豊田好松の言動に関するものであり被控訴会社自身とは関連性のないものであることが控訴人の主張自体からも明らかである。さればこの前歴の故に今回の懲戒処分も亦不当労働行為と認むべきであると云う主張はたやすくは容認できない。むしろ却て右不当労働行為救済申立事件について被控訴人の執つた態度からも本件懲戒処分は不当労働行為の意図によつて為されたものでないとの心証が惹起される。即ち原審における証人豊田好松の証言によれば右第一回の不当労働行為救済申立事件に関して右豊田好松は被控訴会社より組合と問題を起さないよう慎重に事を行うべき旨訓戒を受けていることが認められ、また成立に争のない甲第一二号証ノ七、当審及び原審における証人羽室光、同豊田好松等の各証言によれば、被控訴会社においては豊田支所長の参加人鎌田秀隆に対する解雇申渡に対して解雇は妥当でないとして禀議否決していることなお組合側の指摘する支所長の不正行為についても調査して確認しうるものは確認しているのであり、これらの事実からも被控訴会社においては解雇の問題については従来十分慎重な態度を執り来つたこと、而して本件懲戒処分についても十分調査検討の結果参加人等に前認定の如き非行ありと認めて懲戒に付したことが認められる。されば控訴人の右主張は採るをえない。次に参加人等は豊田好松には従来から反組合的行動及び非行があり本件懲戒処分も不当労働行為の意図に出たものであると主張するけれども此の主張も亦採用できない。その理由は、
第一、成立に争のない甲第一一号証、同第一二号証ノ九、原審証人羽室光の証言によれば参加人等に対する懲戒処分はいわゆる禀議事項であり被控訴会社の所長の決載事項である。而して支所長の禀申が実際上無条件に承認されるような実情であつたかと云うに、これまた消極に解さざるをえない。(此のことは原審及び当審における羽室光、豊田好松の各証言により明らかであり参加人の全立証によるも右認定を覆しえない。)従つて仮に豊田好松は組合弾圧の意思から懲戒処分の意図を以て懲戒処分の禀申をしたからと云つて此の事から直ちに被控訴人も亦不当労働行為の意図があつたとは即断しえないからである。
第二、参加人等の挙げている反組合的事実から被控訴人の不当労働行為の意思が推定されるかと云うにこれまた消極に解せざるをえないからである。即ち参加人等の主張するところは豊田支所長個人の性格、非行給与その他の支払金に関する取扱、従業員に対する労務管理に関するものであることは主張自体から明らかであつて(右主張の如き事実の存否の判断はここに省略する。)それが被控訴会社の指示によるものであるとか同会社の方針であるとか云う事実は到底これを窺いえないからである。
次に本件解雇処分は組合結成の経緯、参加人等の従前の組合活動に着目してなされたものであるとの主張について按ずるに参加人等の右主張事実中被控訴会社秋田支部組合が同支所長豊田好松と種々あつれきを生じ所論の如く地方労働委員会に対する救済申立や団体交渉等が行われたことは当事者間に争がない。然しこれは専ら参加人等の結成した組合と豊田支所長との間の意見の相違やあつれきによるものであり、両者間の紛争に当つては被控訴会社は一貫して中正妥当な態度を持し、豊田支所長と意思連絡の上組合弾圧の行動を行つたような事実は認められない。(此のことは原審及び当審における証人羽室光、豊田好松等の証言、弁論の全趣旨等に徴し明らかなところである。)而してその他被控訴会社が常に組合の破壊を企て執拗に機を狙つていたと云うような事実は参加人の全立証によるも認めえない。されば組合結成の経緯及び参加人等の組合活動の実態よりも本件処分は不当労働行為と認むべきであると云う参加人の主張は採るをえない。
(五) 本件懲戒の経緯について、
参加人は本件懲戒処分の告知が昭和三〇年九月一六日ではなく同月一四日であり従て懲戒については丙第九号証ノ一、二で取きめた事前協議がなされなかつたことは明らかであるから本件懲戒処分は違法であると主張する。よつて按ずるに右丙第九号証ノ一、二は被控訴会社秋田支所従業員組合と同会社秋田支所長豊田好松との間の約束であつて被控訴会社との間の協約ではない。而して原審証人羽室光の証言によれば右豊田好松には被控訴会社を代表し被控訴会社と同会社秋田支所従業員組合との間に右の如き協約を結ぶ権限はなかつたし更にかかる協約締結の委任を受けていなかつたことが確認される。然らば被控訴会社には懲戒につき事前協議の義務はなく従て仮に参加人等主張の如く事前協議をなさなかつたとしても本件懲戒処分を違法視するのは当らないと同時に懲戒処分告知の日が同月一四日であつたか或は一六日であつたかは懲戒処分の効力に消長を来すべき問題とはならないことになる。されば事前協議がなされたか否かの点について判断をなすまでもなく此の点に関する控訴人等の主張はこれを排斥する外はない。
第四 結論
以上説示のとおり被控訴人は参加人等に既調横流及び内職等の非行ありと認め、懲戒処分を行つたものであり、控訴人及び参加人主張するような不当労働行為の成立は認められない。されば右と同旨に出た原判決は正当であり本件訴控は理由がない。
よつて民事訴訟法第三八四条第一項により本件控訴を棄却すべく控訴費用の負担につき同法第八九条第九四条後段第九五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松本晃平 小友末知 石橋浩二)